鬱ってステキです。

鬱病で入院している日記のようなものです。

お寺との話し合いが終わりました。

12時10分頃にお寺との話し合いが終わりました。

下記のような順序で進められました。

①主治医とお寺の二者で面接

②主治医と夫婦の二者で面接

③お寺と夫婦との話し合い

 

主治医がお寺の話を聞いての要点を報告してくださいました。

①私の状況は、分水嶺のようで、初めから退職という意思を持っていたが、少し復職という思いが出てきたかなという状況であること。

②復職、退職などを今日で決めるのではないということ。

③今後話し合いをしていって、折り合いをつけていくような感じになるだろうと思うので、今日は報告があるようなので安心してくださいとのこと。

 

以上の報告を受けて、お寺との話し合いになりました。

お寺からは私の状態の確認と現時点のお寺の状況について報告がありました。主治医の言われた通り、報告と今後話し合いを重ねていくことになりました。

報告は主に下記がありました。

①労働基準局が5月28日に調査が入り、僧侶の業務見直しの是正勧告があった。

②7月1日から朝の勤行が8時から、夕方が16時からに確定した。シフトなどはこれから決める。

就業規則などはこれから見直していく。

④僧侶にも早出、残業代を支給することが確定した。

⑤私が提案した教学研究所への部署移動について、責任者の所長に確認したら、ぜひ来てほしいとのこと。専門の知識を持っている人が必要であるので、非常に助かる。

⑥現在の部署にも残ってほしい。

⑦住職(社長)には教学研究所への移動を希望していることと、所長が是非との思いがあることを報告する。

 

以上の報告を受けて、なにか不安感がありましたので、質問しました。

「これから話し合いを重ねていくんですよね? 私の意見がわがままのような意見になるかもしれませんが、それはそれとして受け入れてくれるのか?」

「素直に言ってほしい。わがままだったら、わがままだって言う」

 

うーん。なんか不安感が消えない。

 

妻が質問しました。

「復職した場合、いきなりフルタイムじゃなくて、午前中だけから始めて、慣らしていくのはできるか?」

「できない。就業規則ができるということは、それに従うということになる」

よく話がわからないんですが、就業規則なんて、今から作っていくから出来上がってもないのに、なぜ、妻の質問を否定できるわけ?

 

偉そうに話をしていました。


一先ず、住職には下記を報告するとの約束ができました。本当かわからないですが。

①教学研究所への異動を希望していること

②所長はぜひ来てほしいと思っていること


私の不安感は、これからの話し合いを重ねていくことで、今回の内容が徐々に変わっていくことです。変わるというのは、支配され、主導権を握られ、気がつけば、仕事が増えてたり、教学研究所への異動の話さえも変わってしまう恐れがあることです。

そこに不安感を感じているのだろうなと思います。

自分勝手で、嘘つきな人達だから、余計に不安感があるのだと思います。 

これから話し合っていくのか。嫌だなぁ。

改めて整理して、妻とも話し合っていきます。

 

 

少しでも不安が小さくなりますように。